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静岡地方裁判所浜松支部 平成9年(ヨ)76号 決定 1998年1月30日

債権者

豊田久子

右訴訟代理人弁護士

横内勝次

森下文雄

債務者

財団法人証券保管振替機構

右代表者理事

中野豊士

右訴訟代理人弁護士

木村眞一

菊井維正

主文

一  本件につき、静岡地方裁判所浜松支部が平成九年八月一日付でした仮処分決定のうち、二項および四項はこれを取消す。

二  債権者の右部分の仮処分命令の申立を却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

当事者の主張

Ⅰ  申立

(甲)  債権者の申請の趣旨

《静岡地方裁判所浜松支部が平成九年八月一日付でした仮処分決定(以下、本件仮処分という)のうち、債務者財団法人証券保管振替機構(以下、債務者機構という。)に関するものはつぎの二項および四項である》

二  債務者機構の別紙株券目録三記載の各株券に対する占有を解いて、静岡地方裁判所浜松支部執行官にその保管を命ずる。

四  債務者機構は、別紙株券目録三記載の各株券を第三者に引渡し、売買譲渡、質入、その他一切の処分をしてはならない。

(乙) 債務者機構の異議申立

一  本件につき、静岡地方裁判所浜松支部が平成九年八月一日付でした仮処分決定のうち、二項および四項はこれを取消す。

二  債権者の右部分の仮処分命令の申立を却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

(丙) 異議申立に対する債権者の答弁

一  本件異議申立を却下する。

二  訴訟費用は債務者機構の負担とする。

Ⅱ 主張

(甲)  債権者の主張

第一  当事者

一  債権者は大正一一年一月一五日生まれの七五才の老女であり、体が弱く、肺気腫、慢性気管支炎、糖尿病等多病を患っている。

二1  債務者機構は、株券その他の有価証券の保管振替を目的とする法人である。

2  なお、本件仮処分の相債務者津山証券株式会社(以下、相債務者会社という)は、岡山県津山市に本店を置き、大阪市中央区に大阪支店を有する証券会社である。

第二 株券盗難の経緯

一  債権者は、老後の貯えとして別紙株券目録一記載の各株券を所有し、自宅倉庫内に保管していた。

従前は証券会社に保護預かりとしていたが、ワラント被害を受けたりして証券会社に不信感を持ち、平成二年ころからは債権者自らが保管するようになった。

保管の方法は、株券の束をビニール袋に入れ、風呂敷で包み、第三者にわからないようにセメント袋に入れたうえ、施錠のある自宅前倉庫内に保管するという方法であった。

二  平成六年一二月ころ、債権者は某女性甲と絶えず行動を共にしている某男性乙と知り合った。

甲と乙は、「金二〇〇万円の小切手を割ってくれ。」と依頼してきた。債権者は割引に応じた。

その後も、甲と乙は債権者が資産を有していることを知り、金策に苦慮している第三者を紹介することになり、頻繁に債権者宅に出入りするようになった。

平成八年一二月ころ、債権者は甲と乙が債権者宅にいたときに、株券の処理について証券会社の外交員が来て話をした。自宅前倉庫内の株券の一部を持ちにいったことがある。

甲と乙はこれを目撃しているので、倉庫内に株券を保管していることを察知したと考えられる。

三  平成九年三月一五日朝、債権者は知人から知らせを受け、自宅前倉庫の鍵が壊され倉庫の扉が開いているのを発見した。

債権者は急いで株券の所在を調べたところ、盗まれていることが判明した。

債権者はただちに浜松中央警察署に連絡し、被害届を出した。

四  債権者は、その後各証券会社代行部に架電し、文書でも通達した。

債権者は平成九年四月二四日から同年五月二七日にかけて公示催告申立てを完了した。

同年五月二六日同署長は、盗難株券の捜査手配(いわゆる品触れ)を、日本証券業協会に文書で出した。

第三 盗難株券の発見

一  平成九年六月九日相債務者会社が別紙株券目録一記載の株券のうち、目録二記載の株券を占有していることが判明し、浜松中央警察署が捜索差押令状に基づき同日押収し、現に同署が捜査資料として保管している。

二  その後の同年六月一七日債務者機構が別紙株券目録一記載の株券のうち、同目録三記載の株券を占有していることが判明し、浜松中央警察署が捜索差押令状に基づき同日押収し、現に同署が捜査資料として保管している。

第四 被保全権利

一1  債権者は、本件株券を所有し、被保全権利はその株券の所有権である。

2  本件株券は、何者かに窃取された盗難株券であるが、その後何者かによって証券会社に売却のため持込まれ、当該証券会社から債務者機構に預託されたものと思われる。

しかしながら、右預託によって共有持分を有するのは、証券会社に持込んだ顧客ではなく、真の権利者である債権者である。

右預託に至るまで本件株券につき善意取得が成立しなかった蓋然性、すなわち、債権者が依然として本件株券の真実の権利者であるものである蓋然性は強い。

3  何者かが権利者を装って顧客として株券を預託しても、右債権者が権利を失うものではない。

(1)  そもそも、株券等の保管及び振替に関する法律(以下、株券保管振替法という)は、預託された株券について混蔵寄託、共有関係が成立することを前提として組み立てられている。

混蔵寄託においては、寄託物が混合保管されることにより、各寄託者は単独所有権を失い、一体となった混合物に対する共有持分権を有する。そして、受寄者の返還義務は共有物の分割返還義務を負う。

各寄託者はいつでも寄託物返還を請求することができ、受寄者はこれに応じ、寄託された数量を取り分けて返還する義務を負う。これは共有物の分割に他ならない。寄託者の返還請求権は、本質的に共有持分権に基づく返還請求としての物的性質を有する。

(2)  そこで、問題は他人の物が混蔵寄託された場合であるが、この場合は、所有者(寄託によって共有持分権者となる)は、当該寄託者への分割返還の中止を受寄者に要求することができるとともに、さらに進んで自ら分割返還を受けることができることはもちろんである。ただ、自ら分割返還を受けるには、当該寄託者の同意がない限り訴によらなければならないとされているにすぎない。

右の所有者(寄託後は共有持分権者)からの受託者に対する、当該寄託者への分割返還の中止要求権および直接自己への分割返還請求権は、所有権ないしは共有持分権に基づく物権的請求権の顕現に他ならない。

(3)  他人物の混蔵保管の法律関係として右に述べたことは、本件のように、他人(債権者)の株券を窃取した者ないしこの者から善意取得によらずに譲り受けた者が顧客としてこの株券を預託した場合にもそのまま妥当する。

預託株券の真の所有者は、保管振替機関に対して、物権的請求権に基づき、当該寄託者(顧客および参加者)への分割返還の中止要求権および直接自己への分割返還(株券交付)請求権を有するとしなければならない。

仮に、株券保管振替法が、他人の株券が預託された場合に真の所有者(預託後は共有持分権者)の物権的請求権に基づく株券の交付、すなわち返還請求権の行使を認めていないと解することは、そのような立法ならびに解釈は、真の所有者の財産権を正当な補償なしに奪うものであって、憲法第二九条に違反する。

二  具体的被保全権利(その一)

1  債権者は、本件株券につき共有持分を有するところ、同債務者はこれを争うから、債権者は同債務者に対して、実質株主たる地位を有することの確認請求権を有している。

2  そこで、右確認請求権を被保全権利として、同債務者に対して債権者が実質株主たる地位を有することを仮に定める仮処分を求めるのであるが、この仮処分は民事保全法第二三条第二項の仮の地位を定める仮処分である。

3  この仮処分は、原則として口頭弁論または債務者が立会うことのできる審尋期日を経なければ発せられないが、例外的にその期日を経ることにより仮処分命令の申立の目的を達することができない事情があるときはこの限りではないとされている(同法同条第四項但書)。

本件においては、同債務者が浜松中央警察署に対し、押収されていた本件株券の仮還付を強く要請していたものであり、本件仮処分申立当時、いつ右仮還付されるやも知れず、その場合は、直ちに口座振替や交付(返還)がなされる危険性が極めて大きく、かくては債権者が仮処分命令の目的を達することができないこととなり、同法同条第四項但書の要件を満たすことは明らかである。

4  なお、右の確認請求、および仮処分の相手方については、株券保管振替法第三八条、ならびに民事保全規則第四五条および第四二条に従い、本来、同債務者のみならず、顧客(証券会社に持込んだ者)、証券会社(参加者)、さらには場合によっては株券発行会社をも相手方とすることが相当と考えられる。

実は、本件仮処分申立に先立って、債権者は同債務者に対して、本件株券につき顧客および証券会社を特定されたい旨要請したのであるが、同債務者はこれに応じなかった。そこで、債権者としてはやむなく同債務者のみを相手方として本件申立をするほかはなかったのである。

5  右のとおりの仮の地位を定める仮処分の目的を達するために必要な処分として、本件株券の占有移転禁止、執行官保管の仮処分を命ずることが可能かつ必要である。

6  以上のとおり、本件仮処分決定のうち、主文二項は適法であって、法および民事保全法、民事保全規則に違背するところはない。

7  さらに、前記確認請求権を保全し、右の仮の地位を定める仮処分を実行あらしめるために、本件仮処分決定第四項の処分禁止を命じることも許されるというべきである。

わけても、本件の場合、債権者の要請にもかかわらず、債務者機構が、本件各株券の顧客、参加者を明らかにしなかった経緯があり、そのために、本来なら債権者としては民事保全規則第四五条、第四二条に基づき、「顧客を債務者として振替請求、株券の交付請求その他一切の処分を禁止するとともに、参加者または保管振替機構を第三債務者として振替および株券の交付を禁止する仮処分」を求めるべきところ、債務者の右拒絶によってこれを不可能ならしめられたのであるからなおさらである。

もし、本件仮処分が肯認されないとしたら、保管振替機構によって参加者および顧客を特定される以外に債権者はこれを特定する手段、方法を有しないところ、債権者としては結局仮処分債務者を特定し得ない結果、保管振替機構を第三債務者としてする仮処分命令を求めることができず、結局その権利の保全、救済は不可能となる。

老女の一生の証しでもあり、余命を支えるよすがでもある本件株券を目の前にしながら、拱手傍観せよと債務者機構はいっているに等しく、信義誠実の原則に反するといわざるを得ない。

三  具体的被保全権利(その二)

1  債権者は、本件株券の真実の権利者として、債務者機構に対して所有権に基づく物権的請求権であるところの株券引渡請求権を有している。

2  右引渡請求権を保全するためには、まず債務者または参加者に対し、債権者への交付を命ずる引渡し断行の仮処分をすることが考えられる。

しかし、それのみに限られるわけではなく、占有移転禁止、執行官保管の仮処分をすることも可能であり、むしろ、この方の仮処分によって目的を達することが多い。それは、ちょうど動産や不動産の強制執行において、引渡請求権保全のためには、通常は占有移転禁止、執行官保管の仮処分でまかなわれ、場合によってそれにとどまらず引渡し断行の仮処分がなされるのと軌を一にする。

いうまでもなく、占有移転禁止の仮処分は、「強制執行の例による。」ものである。

3  本件の場合も、引渡し断行を求めるまでの必要性はなく、占有移転禁止、執行官保管で充分目的は達し得る。

第五 保全の必要性

一  債権者は債務者らに対し、別紙株券目録二、三、記載の各株券をそれぞれ引渡すよう本案訴訟を提起すべく準備中である。

しかし、株券は有価証券であり、転々流通されれば第三者が即時取得する危険性があり、至急保全の必要性がある。

二  かくて、平成九年七月三〇日債権者は別紙株券目録二記載の株券を占有する相債務者会社の他に別紙株券目録三記載の株券を占有する債務者機構をともに相手として静岡地方裁判所浜松支部に対し、占有移転禁止、執行官保管を求める仮処分申立を行い、同年八月一日同裁判所はこれを認容し、債務者機構に対して申請の趣旨記載のとおりの仮処分決定をしたのである。

(乙) 債務者機構の主張

第一  決定の違法性

一  債務者機構は、株券保管振替法第三条により、保管振替事業を行う者(保管振替機関)として主務大臣により指定され、保管振替事業を行っている者である。

二1  本件仮処分の対象となっている株券は、参加者たる証券会社が売却依頼を受け、当該証券会社が債務者機構に預託した株券(同法第一七条第二項。以下、預託株券という)である。

2  預託株券は、参加者または顧客ごとに分別しないで保管され(同法第二三条)、したがって、預託株券はそれを預託した参加者および顧客の共有となる(同法第二四条)。

すなわち、株券が預託されたときは、預託した者は保管振替機構に混蔵状態で保管されている株券について、共有持分のみを有することになるのであり、個々の株券とのつながりを一切失うのであって、したがって、仮に預託者と別に真の所有者が存在する場合といえども、当該真の所有者も個々の株券については所有権を失い、右機構に混蔵状態で保管されている株券について、その株式数に応じて共有持分を有することになることになる。

三1  このような株券の保管振替制度の特色に鑑み、同法第三八条は預託株券に関する強制執行、仮差押え及び仮処分の執行、競売並びに没収保全に関し必要な事項は、最高裁判所規則で定めると規定しており、これを受けて民事保全規則第四五条および第四二条は、預託株券等に関する仮処分の執行は、預託株券等についての共有持分に関し、保全執行裁判所が保管振替機関または参加者に対し振替及び交付を禁止する命令を発する方法により行うと定めている。

すなわち、民事保全規則第四二条は、「預託株券等に関する仮差押えの執行は、預託株券等の共有持分に関し、保全執行裁判所が保管振替機関又は参加者に対し振替及び交付を禁止する方法により行う。」と規定し、また、民事執行規則第一五〇条の二は、「預託株券等に関する強制執行は、預託株券についての共有持分に対する執行裁判所の差押命令により開始する。」と規定し、さらに同規則第一五〇条の三は、「執行裁判所は、差押命令において、預託株券等持分に関し、債務者に対し振替又は交付の請求その他の処分を禁止し、並びに保管振替機関又は参加者に対し振替及び交付を禁止しなければならない。」と規定し、仮差押え、強制執行いずれの場合においても、処分ないし執行の対象は、具体的な個々の株券ではなく、預託された株券の持分でなければならないと明定しているのである。

これは、株券が参加者に預託された時点で、預託した者(その株券の真の所有者が別に存在している場合は当該真の所有者も含む)と個々の株券とのむすびつきが一切失われ、保管振替機構に混蔵状態で保管されている株券について、その株式数に応じて共有持分を有することになるという本制度の基本的特色を踏まえた規定であり、このことを無視して預託された具体的な株券そのものを執行の対象とすることは、理論的にも実際的にも当を得ないものである。

2  以上のとおり、

(1)  まず、仮処分命令は、預託株券の共有持分について振替および交付を禁止する命令を発する方法によるべきである。

(2)  つぎに、振替および交付を行う者は、顧客が預託した株券については、参加者であるから、仮処分命令は、顧客を債務者とし、参加者を第三債務者として発すべきである。

3  命令を発する場合、共有持分ではなく、具体的な株券を対象とすることは不適法であるのみならず、実務的にもつぎのとおり振替制度そのものの円滑な運用を著しく妨げるものである。

(1)  まず、本制度において株券が預託されると、預託者(預託者とは別に真の所有者がいるときはその者。以下、同じ)は、預託された個々の株券とのつながりを一切失い、振替機構に混蔵状態で保管されている株券についてその株式数に応じて共有持分を有することになるのは前述したとおりである。

(2)  これをさらに具体的に述べれば、例えば、ある銘柄の同種の株券(例えば普通株)が全体として一〇万株預託されており、うち一万株がある顧客が預託したものであると仮定すると、当該顧客は当該銘柄の株券一〇万株全体に対して一〇分の一の持分を有する。

すなわち、当該銘柄の各一株について一〇分の一つづの持分を有することになるのであって、顧客が預託した具体的な一万株の個々の株券についての所有権を有しているのではない。

したがって、招来顧客の請求により、顧客に株券が交付される場合も、顧客は預託したのと同一の株券を交付されるのではなく、同種同量の株券を交付されるのである。

(3)  したがって、今回の仮処分命令のように、債権者が自己の所有物であると主張する特定の個々の株券について、執行官保管または処分禁止の命令を発する場合は、債権者は、例えそれ以前の一時期において、当該株券を現実に所有していたのであったとしても、これら株券の預託が行われた時点において、既にこれら特定の株券についての所有権を失っており、強いて考えても、これら特定の株券の中に共有持分(右の例によれば、各一株ごとに一〇分の一づつの持分)を有しているにすぎない。

(4)  しかるに、今回の仮処分命令は、右のとおり法律上債権者の完全な所有に属せず、他の預託者との共有物である株券を対象として、執行官保管を命じ、あるいは一切の処分を禁止しているものであって、かかる処分は他の預託者(実質株主)の権利を侵害し、その行使を妨げる結果となり、著しく不当な結果となる。

(5)  本件仮処分命令では、「一切の処分」が禁止されているが、「一切の処分」の中に、法第二九条第一項の規定により定められている振替機構への名義書換が含まれているのかどうか文面上明らかではない。

しかし、仮処分命令が、株券の共有持分ではなく具体的な個々の株券を対象としていること、および、これら株券の執行官保管を命じていること等から判断すると、これら株券について振替機構への名義書換を禁止しているものと考えられないでもない。

(6)  ところで、株券を預託者のために保管している債務者機構としては、配当金受領権等確定の基準日である九月末日を控え、保管株券のうち機構名義に書換の済んでいないものについては、九月末日までに発行会社(または名義書換代理人)に対して振替機構名義に書換を請求する(法第二九条第一項)とともに、九月末日現在で預託しているすべての顧客および参加者自己分については当該参加者を実質株主として、その所有する株数等とともに、発行会社に通知しなければならないことになっている(法第三一条)。

この場合の実質株主とは、参加者が自己分および顧客預託分として預託した株券について、当該参加者が振替機構に対して、株主であるとして報告した者である。

(7)  しかるに、今回の仮処分命令により、預託されている株券の一部について名義書換が禁止されているために、発行会社に通知する実質株主の預託株数と、実際に書換のために提出する株数との間に乖離を生じることにより、預託している実質株主の所有持分に応じて、持分も減少することになる。

(8)  よって、債務者機構としては、やむを得ず、仮処分の対象となった株に相当する同種同量の株券を、自己資金により市場で購入し、名義書換のために提出せざるを得ない。

(9)  今回の仮処分命令によって既に生じている事態へ対処するための株券の調達、そのための資金コスト、今後の株価変動リスク等を考えるだけでも、債務者機構の負担は顕著なものがあるが、今後、かかる事態が繰り返し生じるならば、債務者機構としては、法により規定された業務を果たす上で重大な支障を来し、あるいは、これに伴って不測の損害を被り、ひいては、本振替制度そのものが危機に瀕する惧れがある。

(10)  ところが、民事保全規則その他関連する法令に規定されているとおり、仮処分が個々の具体的株券を対象とすることなく、株券についての共有持分を対象として行われるならば、右に述べたような不都合は生じることはないのであり、法も、預託株券の仮処分等の執行についての右のような不都合な事態の発生を未然に避けることを意図して、共有持分を対象とすることを定めているのである。

(11)  債権者としては、顧客および参加者を具体的に把握できないために、個々の株券を対象とする仮処分を申立てたとするにあるが、顧客および参加者が特定できないからといって法の定めに反する仮処分申立が許されるべきではないことは当然である。

債権者としては、顧客および参加者を特定できないために、自らがかって所有していたとする株券が眼前にありながら、これを回復できないとすれば、はなはだ不満であろうが、現時の株券には商法により極めて高度の流動性が付与され、現金とほとんど同様の性格を有することになっており、かつ、取引所市場の取扱方法もまたかかる株式の流動性を高めるために作用しているので、いったん株券の現実的所持を失った場合は、これを回復することがほとんど不可能な結果となっているのが現実であり、この事実を認識した上で、株券の保管に充分な注意を払うことが望ましいといわざるを得ない。

四  以上のとおりであるから、本件において債務者機構に預託されている株券について、債権者が返還請求権を有すると主張し、その返還請求権を保全するために本件仮処分命令を申立てたのであるとすれば、静岡地方裁判所浜松支部は仮に債権者の申立てを認めて仮処分を執行する場合も、預託株券についての共有持分に関し、保管振替機関を第三債務者として「振替及び交付を禁止する命令」を発する方法によるべきであるのに、同支部は債権者の申請の趣旨二項および四項のとおりの決定を行った。

五  よって、本決定は前記法令の定めに違背し、また、諸点につき実際上の不都合が生じ、取消されるべきである。

第二 被保全権利の不存在

一  本件仮処分の対象である株券は、顧客から証券会社が売却の依頼を受け、証券取引市場において売却を実施したものである。

二  右顧客は、証券会社に株券を預託した時点で当該株式の共有持分を取得したが、当該株式は証券取引市場において第三者に売却されたので、右顧客または債権者は売却と同時に右共有持分を失い、善意の第三者が右共有持分を取得した。

また、売買取引にかかる決済は口座振替により処理がなされ、これにより譲渡された株式については株券の交付があったのと同一の効力が生じた(株券保管振替法第二七条第二項)。

三  したがって、仮処分の対象となるべき共有持分は現段階ではすでに存在しない。

第三 保全の必要性の不存在

債務者機構は、前記第一、一記載のとおり、株券保管振替法第三条に基づき、主務大臣から指定された公益法人であり、株券等の保管及び受渡の合理化を図るため、同法により保管振替機関が行うこととされている事業を適正かつ確実に行い、もって株券等の流通を円滑ならしめ、国民経済の発展に資することを目的とするものであり、もとより債務者機構の固有の利害を基礎として本件株券を処分することは法律上も有り得ず、かつ、本件仮処分により債務者機構に株券を預託している多数の実質株主の権利が損なわれることがあれば、その結果は極めて重大であって、いずれの観点からも本件仮処分の必要性は全く有り得ない。

(丙) 債務者機構の主張に対する債務者の反論

第一  債務者機構の主張第一項一を認める。

同項二1は不知。

債務者機構は、預託を受けた参加者たる証券会社の名称、支店名、預託を受けた日等を明らかにすべきである。

同項二2のうち、預託株券が参加者または顧客ごとに分別しないで保管されることを認める。その余を否認する。

預託証券は、つねにそれを預託した参加者および顧客の共有となるものではない。例外的に、真の所有者は別にいることもある。本件のように、参加者や顧客が他人の所有に属している株券を預託したときである。すなわち、他人の株券を窃取した者が自己の株券であるかのように装ってこれを預託した場合には、共有持分を取得するのは窃取された被害者(債権者)であり、顧客ではない。

株券保管振替法第二四条が、「参加者及び顧客は共有持分を有するものと推定する。」と規定しているのは、このように参加者および顧客が真実の株主とは限らないからである。

同項三のうち、同法第三八条の規定があることを認める。民事保全規則第四五条および第四二条の規定の解釈を争う。

同規則第四五条は、預託株券等に関する仮処分の執行について、「預託株券等に関する仮差押えの執行又は強制執行の例による。」と規定しているが、債務者機構は右強制執行の例を無視している。

同債務者が主張するのは、右仮差押えの執行の例によるもの、すなわち、処分禁止の仮処分だけである。

もとより、仮処分の内容は、仮差押えの場合と異なり、千差万別であり、そのすべてについて執行方法の規定を設けることは不可能である。そこで、民事保全法は、第五二条ないし第五七条において、利用頻度の高い定型的な仮処分の執行方法を個別に規定するとともに、明文の規定のない仮処分の執行については、「仮差押えの執行又は強制執行の例による。」と規定した(第五二条第一項)。したがって、これら明文にない仮処分の執行方法は、従来の法の解釈と実務の積み重ねによって決せられることとなる。

預託株券に関する仮処分の執行についての民事保全規則第四五条の規定は、仮処分一般の執行についての民事保全法第五二条第一項と同趣旨の規定である。したがって、預託株券に関する仮処分の執行については、明文のない仮処分の執行方法があることに注意しなければならない。

すなわち、預託株券に対する仮処分には、(1) 右の処分禁止の仮処分だけではなく、(2) 仮の地位を定める仮処分、例えば、申立人が、顧客、参加者(証券会社)、保管振替機関や株式発行会社に対し実質株主たる地位を有することを仮に定める仮処分、(3) 引渡し断行の仮処分、例えば、参加者に対し申立人への株券等の交付を命ずる仮処分がある。

同項四のうち、債権者が本件株券について返還請求権を有すること、および静岡地方裁判所浜松支部が仮処分決定をしたことを認める。その余を争う。

同項五を争う。

同第二項一は不知。

同項二を争う。

本件株券は窃取されたものであり、情を知る者もしくは知らないことに重過失がある者が証券会社に持ち込んだ可能性が極めて大きい。預託によって共有持分を取得するのは被害者である債権者であって、持込んだ顧客ではない。

本件株券は善意の第三者に売却されて善意取得されたものではない。債権者は、窃取された後直ちに被害届けを出すとともに、名義書換代理人宛に盗難の事実を通告し、公示催告を申立て、さらには浜松中央警察署長から日本証券業協会宛に盗難株券の捜査手配(いわゆる品触れ)がなされた。したがって、仮に第三者に売却されたとしても悪意または重過失によって取得したものである蓋然性は大きい。

すなわち、債権者は依然本件株券の真の所有者として共有持分を有しているのである。

同第三項のうち、債務者機構の法人目的を認める。その余を争う。

当裁判所の判断

第一  一件記録によると、

一  債権者はかねてより日興証券株式会社などを通じて別紙株券目録一記載の株式などを購入し、これを自宅前倉庫に保管していたところ、これを察知した第三者によって平成八年一二月ころ同目録一記載の株券が盗難にあったこと、

二  そこで、債権者は直ちに浜松中央警察署に被害届をし、各証券会社に対して盗難された旨の連絡をするとともに、公示催告手続を行い、右警察署は日本証券業協会に対して盗難株券の捜査手配(品触れ)を行った結果、別紙株券目録三記載の株券が債務者機構に預託されたことが判明し、債権者は同債務者がこれを占有しているとして同債務者に対して本件仮処分申立をしたものであること、

が伺われるところである。

第二 ところで、

一  債務者機構は、株券保管振替法第三条に基づき昭和五九年一二月六日設立許可を得、法務大臣より昭和六〇年五月二七日付で保管振替事業を行う者として指定を受け、株券等の保管振替事業を行っている者である。

二1(一) 債務者機構が扱う業務は、同法第六条に定める証券会社等で保管振替機構に口座を開設した参加者が、顧客から預託を受けた株券等をさらに保管振替機構に預託した場合に、その株券等の保管に関する業務、株券等の振替に関する業務である。顧客は参加者を通じてのみ保管振替機構に株券を預託することができる。

(二)(1) 参加者は顧客口座簿を備え、その顧客のために口座を開設する(同法第一五条)。

(2) 保管振替機関は参加者口座簿を備える(同法第一七条)。

(3) 顧客口座簿に記載された株式の発行会社は実質株主名簿を本店に備え置かなければならない(同法第三二条第一項)。

(三) 保管振替機関は、預託株券の保管に際し、自己を株主とする名義書換の請求をすることができる(同法第二九条第一項)。

2 そして、預託株券は、参加者または顧客ごとに分別しないで保管され(同法第二三条)、参加者および顧客は、参加者口座簿および顧客口座簿に記載された株式の種類ごとに、その株式の数に応じ、預託株券について共有持分を有すると推定される(同法第二四条)。

右の規定により保管振替機関に預託された株券は、混蔵寄託とされている。

保管振替機関は預託株券を大型証券化して保管することができ(同法第二九条第三項)、また、保管振替機関は預託株券の保管に際し、相当の期間内に株式の発行会社に対し自己を株主とする名義書換の請求をしなければならない(同第一項後段)。

3 かくして、従来株式を譲渡するには株券を交付することを要し、株券の占有者は適法な所持人と推定されてきたが、右振替保管制度は、参加者口座簿または顧客口座簿に記載された者は、その口座の株式の数に応じた株券の占有者と見做され、参加者口座簿または顧客口座簿の記載は、その記載に応じた株式を譲渡し、または質権の目的とする場合において、株券の交付があったものと同一の効力を有するとされる(同法第二七条第二項)のであって、帳簿上の記載およびその変更に株式移転の法律上の諸効果を結び付けるすぐれて技術的制度であるといえるのである。

三1 前記混蔵寄託の意味は、保管振替機構に混蔵状態で保管されている預託株券について参加者および顧客は共有持分のみを有することになり、個々の株券とのつながりを一切失うこととなるということである。したがって、仮に預託者と別に真の所有者が存在する場合であっても、当該真の所有者も個々の株券については所有権を失い、右機構に混蔵状態で保管されている株券について、その株式数に応じて共有持分を有することになる。

すなわち、ある銘柄の同種の株券が全体として一〇万株預託されており、うち一万株をある顧客が預託したものであるとすると、当該顧客は当該銘柄の株券一〇万株全体に対して一〇分の一の持分を有することになるのであって、顧客が預託した一万株の個々の株券について所有権を有するのではない。

したがって、将来顧客の請求により、顧客に株券が交付される場合も、顧客は預託したのと同一の株券を交付されるのではなく、同種同量の株券を交付されることとなる。

2 かくて、預託された具体的な株券そのものを執行の対象とすることは、理論的にも実際的にも当を得ず、右混蔵寄託物についての仮処分の方法はつぎのとおりとなる。

株券保管振替法第三八条は預託株券に関する強制執行、仮差押え及び仮処分の執行、競売並びに没収保全に関し必要な事項は、最高裁判所規則で定めると規定しており、これを受けて民事保全規則第四五条および第四二条は、預託株券等に関する仮処分の執行は、預託株券等についての共有持分に関し、保全執行裁判所が保管振替機関または参加者に対し振替及び交付を禁止する命令を発する方法により行うと定めている。

すなわち、民事保全規則第四二条は、「預託株券等に関する仮差押えの執行は、預託株券等についての共有持分に関し、保全執行裁判所が保管振替機関又は参加者に対し振替及び交付を禁止する方法により行う。」と規定し、また、民事執行規則第一五〇条の二は、「預託株券等に関する強制執行は、預託株券等についての共有持分に対する執行裁判所の差押命令により開始する。」と規定し、さらに同規則第一五〇条の三は、「執行裁判所は、差押命令において、預託株券等持分に関し、債務者に対し振替又は交付の請求その他の処分を禁止し、並びに保管振替機関又は参加者に対し振替又は交付を禁止しなければならない。」と規定し、仮差押え、強制執行いずれの場合においても、処分ないし執行の対象は、具体的な個々の株券ではなく、預託された株券の持分でなければならないとされている。

したがって、

(1) まず、仮処分命令は、預託株券の共有持分について振替および交付を禁止する命令を発する方法によるべく、(2) つぎに、振替及び交付を行う者は、顧客か預託した株券については、参加者であるから、仮処分命令は、顧客を債務者とし、参加者を第三債務者として発すべきこととなる。

四1  債権者は、本件株券の真の所有者であって、被保全権利はその株券の所有者であり、証券会社から債務者機構に預託されるまで本件株券につき善意取得が成立しなかった蓋然性が強いと主張する。

しかしながら、善意取得の成否は、さしあたり本件株券が何者かによって証券会社に持込まれる段階の問題であって、当該証券会社から債務者機構に預託される以前の問題にすぎず、預託された株券は預託されてしまった以上債務者機構によって混蔵寄託され、債権者が本件株券の真の所有者であったとしても、混蔵寄託された同種の銘柄株券全体につき共有持分を有することはあれ、もはや預託された個々の株券についての所有権を失っているといわざるを得ない。

債務者機構について本件株券の取得について悪意または重過失が問題となることはない。

2  つぎに、債権者は混蔵寄託物についても寄託物返還請求権を有し、受寄者は寄託された数量を取り分けて返還する義務を負うが、寄託者の返還請求権は、本質的には共有持分権に基づく返還請求として物的性質を有すると主張する。

本来、参加者または顧客は、いつでもその口座の株式の数に応じた株券の交付を請求することができる(同法第二八条第一項)とされており、右は債権的請求権であるが、これとは別に顧客が実質株主でない場合、実質株主が参加者または保管振替機関に対し、物権的請求権に基づき株券の返還を請求することも可能であるといわざるを得ない。この場合、真の所有者は共有持分権に基づく共有物分割請求権を有することになるが(民法第二五六条第一項)、これは形成権であって、これを行使することによって各共有者間に何等かの方法で具体的に分割を実現すべき法律関係を生じさせることができるものとされているが、株券保管振替制度のもとではこれは実際上不可能というべきであるから、他の関係者の同意を要しないと解さざるを得ない。

しかしながら、債権者としては、右物権的請求権を行使するには民法二五八条第一項により訴をもってこれを行使することとなるが、預託された株券については保管振替機関に混蔵寄託されているというからには債権者は預託した個々の株券についてのつながりは一切断たれており、預託された同一銘柄の株券全体に対する共有持分を有するにすぎないのであるから、その結果株式の数に応じた同種同量の株券の返還を受けることとなるのであって、本件仮処分申立のように個々の株券についての占有移転禁止、執行官保管、処分禁止を求めることはできないといわなければならない。

3  さらに、債権者は本件株券につき共有持分を有するところ、債務者機構に対して実質株主たる地位を有することの確認請求権を有し、これを被保全権利として右実質株主たる仮の地位を定める仮処分をしたと主張する。

しかしながら、右共有持分なるものが同債務者に預託された同一銘柄の株券全体に対する持分割合であるとされるところから考えられるのは、参加者口座簿および顧客口座簿、ないし実質株主名簿の記載の真実の権利者への記載の確認ないし変更ということになり、いずれにしても個々の株券についての地位確認ということはできないことになる。

4(一)  さらに、預託株券に不足が生じたときは、保管振替機関および参加者は、連帯してこれを補てんする義務を負わされている(株券保管振替法第二五条)。

これについては、債務者機構の主張欄のうち、第一項三3(6)ないし(10)に掲げた主張、すなわち、

(1) 株券を預託者のために保管している債務者機構としては、配当金受領権等確定の基準日である九月末日を控え、保管株券のうち機構名義に書換の済んでいないものについては、九月末日までに発行会社に対して振替機構名義に書換を請求するとともに、九月末日現在で預託しているすべての顧客および参加者を実質株主として、その所有する株数等とともに、発行会社に通知しなければならないことになっており、この場合の実質株主とは、参加者が自己分および顧客預託分として預託した株券について、当該参加者が振替機構に対して、株主であるとして報告したものである。

(2) しかるに、今回の仮処分命令により、預託されている株券の一部について名義書換が禁止されているために、発行会社に通知する実質株主の預託株数と、実際に書換のために提出する株数との間に乖離を生じることにより、預託している実質株主の所有持分に応じて、持分も減少することになる。

(3) よって、債務者機構としては、やむを得ず、仮処分の対象となった株に相当する同種同量の株券を、自己資金により市場で購入し、名義書換のために提出せざるを得ない。

(4) 今回の仮処分命令によって既に生じている事態へ対処するための株券の調達、そのための資金コスト、今後の株価変動リスク等を考えるだけでも、債務者機構の負担は顕著なものがあるが、今後、かかる事態が繰り返し生じるならば、債務者機構としては、法により規定された業務を果たす上で重大な支障を来し、あるいは、これに伴って不測の損害を被り、ひいては、本振替制度そのものが危機に瀕する惧れがある。

との見解に充分耳を傾ける必要がある。

(二)  仮処分が個々の具体的株券を対象とすることなく、株券についての共有持分を対象として行われるならば、右に述べたような不都合は生じることはないのであり、法も、預託株券の仮処分等の執行についての右のような不都合な事態の発生を未然に避けることを意図して、共有持分を対象とすることを定めているのである。

現時の株券には商法により極めて高度の流通性が付与され、現金とほとんど同様の性格を有することになっており、かつ、取引所市場の取扱方法もまたかかる株式の流通性を高めるために作用しているので、いったん株券の現実的所持を失った場合は、これを回復することがほとんど不可能な結果となっているのが現実であることは債務者機構の主張するところであるが、なお、右株券に表象された株主権が抽象化されている現在、債権者としては個々の株券に拘泥することなく、債務者機構に混蔵寄託された株券の共有持分権を行使して、実質的株主たる地位の復権、ひいては債権者としては同一銘柄の同種同量の株券の復活を図るをもって満足すべきということになる。

第三 以上のとおりであるから、本仮処分決定のうち、債務者機構に係る主文は前記法令の定めに違背し、また、以上の諸点につき実際上の不都合が生じることとなるから、これを取消したうえ、債権者の申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官宗哲朗)

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